[東京 2日] - 4月の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比はプラス3.4%となった。ただ、政府支援によってエネルギー価格が抑えられているので、実勢をみるにはエネルギー価格も除いた方がよい。それが「日銀コア」とも呼ばれる物価指標であり、4月の前年比はプラス4.1%であった。これは41年9カ月ぶりの上昇率であり、食料品を中心になお上昇中である。
日銀は4月の展望リポートで、2023年度の「日銀コア」の見通しを前回1月時点の1.8%から2.5%へ大幅に上方修正した。
しかし、この見通しも今のインフレの勢いを過小評価している。年度最初の4月が前述のとおり4.1%で始まったのだから、今後かなり減速するとしても、2023年度平均で日銀見通しの2.5%に収まるとは考えられない。次の7月展望リポートでさらに3%台まで大幅上方修正が必至である。
それでも日銀は金融緩和の手を緩めず、今後の政策修正についても慎重な姿勢を崩さない。日銀にとって足元の物価上昇や2023年度の見通しは、もはやそれほど重要ではないからである。
4月の金融政策決定会合の政策公表文には「粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の『物価安定の目標』を持続的・安定的に実現することを目指していく」と書かれている。
「賃金の上昇」「持続的・安定的」というキーワードから、日銀は既に2024年の春闘を見据えていることがわかる。今年の春闘は30年ぶりの賃上げ率となったが、それは日銀にとって「1次試験を通過」という程度の話に過ぎない。テスト本番はこの賃上げが来年も続くかどうかであり、今後の金融政策はほぼその一点で決まると言っても過言ではない。
<「早すぎる利上げ」だけは絶対に回避>
当たり前だが、来年の春闘の状況がわかるのは来年の春である。全貌を把握し、それがマクロの賃金統計に反映されるのを待つなら、来年の夏になる。そこで賃金上昇の持続性が確認されるまで、日銀は「粘り強く」現在の金融緩和を続けるというのが基本ラインである。
もちろん一定の柔軟性はある。植田和男総裁は、物価や企業収益の動向などから「来年の春闘も大丈夫」と事前に判断できるケースは、ありうるとしている。ただ、仮にそういう判断ができる場合でも、それだけの材料がそろうのは来年の初めごろ、どんなに早くても本年末ごろであろう。本年末まで金融政策の正常化が始まる可能性はほぼない、と考えられる。
長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の修正も、おそらく来年の春闘に自信が持ててからということになる。YCCが国債市場などに与える副作用は既に明らかになっている。したがって市場には「近いうちに副作用対策としてYCCの修正・撤廃がある」との見方が根強く存在する。しかし、副作用への配慮だけでYCCを修正することはない、というのが日銀の基本姿勢である。
YCCの修正・撤廃のハードルが高いのは、なぜ今、利上げなのかを一般国民に説明するのが難しいからである。「副作用対応であり利上げではない」といくら日銀が説明しても、実際に少しでも金利が上がれば、国民やメディアは「利上げ」と受け止め、市場は「出口が来る」と前のめりになる。
日銀が昨年12月にYCCの10年金利上限を0.25%から0.5%に引き上げたときも、世の中はそういう反応だった。日銀はその教訓もあるので、「利上げ」と受け止められかねないアクションにはしばらく慎重だろう。
気になるのは、継続的な賃上げを確認するまで動かないという日銀の姿勢が、米欧と同じように結果的に利上げの遅れを招き、インフレが行き過ぎてしまうリスクはないのか、という点である。
そのリスクはあるし、日銀自身もそう認識している。しかし、そのうえで植田総裁は5月の講演で、ようやくみえてきた2%達成の「芽」を拙速な政策転換で摘んでしまうことになった場合のコストは極めて大きく、政策転換が遅れて2%を超える物価上昇率が持続してしまうことのコストは前者に比べれば大きくない、と述べている。
つまり、2%物価目標が達成できなかった場合に「あとひと粘り我慢が足りなかった」という後悔だけは絶対したくない、という思いが今の日銀には強くある。
そのためならビハインド・ザ・カーブ(手遅れ)のリスクもある程度やむをえない、という割り切りに基づいて今の金融政策は行われていると言える。
確かに日本は約30年間にわたり低インフレが定着している特殊な国であり、米欧と同列に論じることはできない。米欧と同じような「賃金と物価の同時上昇」が日本で簡単に起こるとは思いにくい。それでも、その可能性が「多少なりともある」という状態になってきている点は、日本もこれまでの日本とは少し違う。
日銀の思い描く通りに2%物価目標に「ソフトランディング」できた場合でも、金利は長短ともに1─2%程度まで上がる可能性がある。利上げが遅れて高すぎるインフレを抑えなければならなくなった場合、金利の上昇幅はもっと大きなものになる。長短金利ともに2─3%程度まで上昇する事態になったとしても、国民も市場も金融機関も「想定外」とあわてないようにしたい。
<「多角的レビュー」で2%物価目標はどうなる>
この間、日銀は過去25年間の経済・物価・金融情勢や金融政策について、1年から1年半程度の時間をかけて多角的にレビューを行うとしている。1年から1年半程度と言えば、2%物価目標が達成されそうかどうかがわかってくるころである。その達成状況によって、レビューの最終的な落としどころは異なるものとなりそうだ。
2%物価目標が達成できなかった場合は、41年ぶりの物価上昇や30年ぶりの賃金上昇が一度は起きたにもかかわらず、それでも持続的・安定的な2%インフレにはならなかったという話になる。2%物価目標が日本の現実に合っていないことが誰の目にも明らかになる。
その場合でも2%物価目標の変更や廃止は難しいだろう。主要中央銀行や金融政策を研究する学者の間では、少なくとも2%程度のインフレは必要というのが揺るがぬ共通理解である。中央銀行や学者の常識が常に正しいとは限らないのだが、金融政策を巡るグローバルな世論形成の場において、「2%よりも上げるべき」という議論はあっても「下げるべき」という議論はないのが現実である。
学者でもあり今や中央銀行家でもある植田総裁が、学者・中央銀行界の常識に反するレビュー結果を出すはずがない。おそらく現実的な答えは、2%物価目標を掲げつつも、それを無理には追求しない持続性の高い金融緩和の枠組みへの転換だろう。
したがって、来年も2%物価目標が達成できない場合でも、YCCやマイナス金利はレビューを踏まえて解除されるだろう。
第2のシナリオとして、2%物価目標にうまくソフトランディングできた場合は、日銀は粛々と金融政策の正常化を進めることになる。それでもレビューにおいては、目標達成に10年以上を要した理由や、その間に用いた政策手段がベストだったのかどうかについて、一定の評価が必要になるだろう。
その評価を踏まえ、将来再びデフレ圧力にさらされた時、YCC、マイナス金利、ETF(上場投資信託)購入などの政策手段をまた使うのかどうかについて、今回のレビューで整理しておくべきだろう。
第3のシナリオとして、ビハインド・ザ・カーブに陥り金利の急上昇を招いてしまった場合は、そうなるリスクを高めつつある現在の政策そのものもレビューの対象となる。「2%物価目標にこだわりすぎて引き締めが遅れたのではないか」という批判への答えが、レビューで求められることになるだろう。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*門間一夫氏は、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し、みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト。21年4月から現職。
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