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Wednesday, July 28, 2021

ロング・アフタヌーン 第186回 葉真中顕 : ロング・アフタヌーン : 連載小説 - 読売新聞

 「ター坊、あなたはきっと賞 () るよ。だって『犬を飼う』すごくいいもの。そこら辺のプロの小説家よりもター坊の方がずっといい小説を書けるよ。だからさ、ター坊が小説家になるのは当たり前なんだよ。本を出せば印税も入ってくるはずでしょ。あっという間に私より稼ぐようになっちゃうんじゃない? そうしたら、ずっとあの家に閉じ込められないでも済むね」

 再会したばかりの頃なら、こんなことを言われたら私はきっと、あきれるか怒るかしていたはずだ。

 何、勝手に夢みたいなこと言ってんの。第一、私は閉じ込められてなんかいないよ。別に外出だって買い物だって自由にできるもの。私は自分の意志であの夫と結婚して、あの家に住んでいるんだよ――と。でも、今日はもうそんな怒りは湧いてこなかった。

 「そうだね」

 シャンパンで軽く () だった頭は、自然に (うなず) いた。

 もしも賞を獲って小説家になれたら、そのときは離婚に踏み切れるかもしれない。あの家族と縁を切って、家を出て行けるかもしれない。きっと出て行く。

 「ねえ、ター坊、たぶん私たち一〇〇歳まで生きないよね」

 食事を終え、酔い覚ましも兼ねたコーヒーに口をつけたとき、亜里砂が言った。

 「何それ?」

 「日本人の女性は世界で一番長生きだけど、それでも平均寿命は八六とか七とか、そのくらいで、大抵の人は一〇〇歳までに死ぬでしょ」

 「まあ、そうかもね」

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