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Wednesday, December 16, 2020

HOTERES連載 もてなしだけではもう食えない 第6回 お客様は神様とは限らない(2) | ホテル・レストラン・ウエディング業界ニュース - 週刊ホテルレストラン(株式会社オータパブリケイションズ)

(前回までのあらすじ)
東京・池袋東口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平。コンサルタントとして迎えることとなった立身大学の准教授 辻田健太郎との今回のディスカッションテーマは「収益向上につなげるための顧客満足度調査」。偏りのない母集団からできるだけ高い回収率を獲得することが重要だということを教えられた後に、具体的なアンケートの収集方法、そしてそのアンケート内容に話は進もうとしていた。

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花森が缶コーヒーを買って帰ってくると、辻田は誰かとスマートフォンで話をしている。忙しい先生だ。大学教授業以外にもいろいろコンサルティングをしているらしい。ほどなく、辻田は電話を終えた。
 
「やあ、すまない。コーヒー、ありがとう。」

「いえ、とんでもありません。先生、フロントで配るアンケート調査票ですが、その場で回答して回収した方が良いですよね。その際、回答者には缶コーヒーみたいな景品をあげては如何でしょう?」

「うん。悪くないアイデアだ。ただ、フロントで配布するアンケートは定期的に行なう必要がある。ホテルの定常時を測るためにね。継続的にやるとなると、景品代が少し嵩むね。それと、チェックアウト時のフロントデスクは混んでいることが多い。できれば、フロントエリアにチェックアウト後の客が溜まってしまう事態は避けたい。そして、アンケートを紙で回収するのではなく、客にはweb上で回答してもらいたい。集計のために入力の手間をはぶくためにね。」

「とすると、回答をインターネットに誘導するということになりますね。」

「そう。そもそも最近はオンラインで予約する客が増えており、宿泊客のメールアドレスをホテルが把握していることが多い。そこにアンケートサイトのURLをメールしてあげれば、顧客はワンクリックで入力画面に飛べるよね。それから、アンケート回答者へのリワードなんだが、実はアンケートに答えても何ももらえないのが一般的だ。でも、『このホテルをよりよくしたいので協力してください』というストレートなお願いや、一度ではなく2度、3度とアンケート回答のお願いを送付することで回収率を上げる努力をしているところも多い。何らかのリワードを検討するのであれば、次回ホテル訪問時にコーヒーなりビールなりを無料で飲めるクーポン券を発行するという方法もある。缶コーヒーを現物で渡すよりコストが安く、ホテル再訪のモチベーションにもなる。いずれにせよ、顧客満足度を経営指標として真剣にとらえているホテルでは、アンケート回収率も経営指標にして、どうやって回収率を上げるかの議論も定期的に行なっているようだよ。」

「うちのホテルが遅れていることがよくわかりました。そして、この顧客満足度調査は客室部門だけのものじゃないですよね。レストラン部門でも活用できそうです。」

「うん、そうだね。ただ、花森君のところの顧客満足度調査の問題点はこれで終わりじゃない。今度は、調査票の中身について話をしよう。君のホテルの調査票は5段階評価になっている。これはいい。たまに7段階評価や10段階評価を見ることがあるけど、満足度が7なのか、8なのか、そんな正確にデジタルに自分の満足度を測れる人は少ない。それに、集計するときには10と9を『大満足』、8から6までを『満足』、みたいにまとめてしまう。集計の時にどうせまとめてしまうくらいなら、そもそもそんなに細かく刻んだスコアは必要ないはずだ。」

「はい。そう思います。そう言えば日本人は海外の方に比べて極端なスコアをつけず、『ふつう』『どちらでもない』に丸を付ける人が多い、という記事を読んだことがあります。そうなると一般客の意見がよりわかりづらいということですよね?」

「そうだね。アンケートの設問次第では、満足・不満の2択にしてしまった方が傾向がはっきりする。その辺は試行錯誤が必要だ。ちなみに、試行錯誤を恐れずに新しいことに挑戦するということは、業務改革を行なううえでとても重要だ。ビジネスの世界は大学のケーススタディみたいに物事がきれいに整理されているわけじゃない。誰も『正解』を知らないのだから、正解に近そうなところまで来たら、あとは実際にやってみて軌道修正を行なうしかない。わかるね?」
 
辻田の力説に花森はうなずく。うちの会社は保守的であまり試行錯誤を好まず、会議で議論を尽くして成功するとわかってから行動に移す体質だ、と思った。学食内の人数はさっきより更に減った。外のカフェレストランだとコーヒー1杯で粘って座っているのも気が引けるが、ここは学食、心配は無用だ。辻田は缶コーヒーを飲み干し、さっきかつカレーと一緒に持ってきたコップの水も一気に飲み干した。
 
「さて、ここからが重要なんだが、企業は何故顧客満足度向上を目指すんだろう?」

「先生、私のもともとの質問は『顧客満足度向上の意味がありますか』だったんです。先生のその質問に答えられるわけないじゃないですか。」

「情けないなぁ。企業が顧客満足度向上を目指すのは、『顧客満足度』と『顧客のロイヤリティ』に正の相関関係があり、かつ『顧客のロイヤリティ』と『企業の収益』に正の相関関係があることが知られているから、だ。正の相関関係、の意味はわかるね?」

「はい。Aが1増えたら、Bが1増える、ってやつですよね。確か相関係数は-1から1までの間で、1だと正の相関関係が最大で、ゼロだと無関係、-1だとAが1増えたらBが1減る、という理解です。」

「そう。すなわち、本来、顧客満足度は企業収益と正の相関関係があるはずなんだ。」

「では、何故うちのホテルはそうじゃないんでしょう?」

「ひとつには、さっきの『偏りのない母集団』や『十分なサンプル数確保』が達成できていない可能性がある。もうひとつは、調査票のストラクチャー上、意味のある顧客満足度を測定できていない可能性だ。これには解説がいるね。」

「はい。さっぱり意味がわかりません。」
 
花森はわからないことはわからない、と言えることが自分の強みだと思っている。辻田は自分の出身大学の入学時の偏差値レベルも、そして彼の「観光経済学」のひどい成績もわかっている。失うものはない。
 
「この質問票の最後の方で『総じて今回のご滞在には満足していらっしゃいますか?』と訊いているね? これは満足度を訊いているけど、顧客のロイヤリティには触れていない。ロイヤリティとは自身の再訪意思や口コミやSNSを通じて他者にこのホテルの滞在を薦めてくれる姿勢のことだ。もしかしたら、今回の滞在の満足度が高くてもロイヤリティ向上につながっていない可能性がある。例えば、君のホテルがどこかの旅行代理店と共同で、『ディープな池袋満喫ツアー、池袋北口中華街でのディナーとシティホテル1泊朝食付、10,000円ぽっきり』という商品を作ったとする。すごくお値打ち商品でホテル宿泊満足度も高いが、この客は君のホテルにロイヤリティをもち、リピート客になるだろうか?」

「ならないでしょうね。だって、たまたま旅行代理店が組み込んだホテルがうちなんだし、その手の旅行商品は一度体験したら恐らくリピートはないですね。」

「そうだね。だから、正しい顧客満足度調査では、総合的な顧客満足度とともに、再訪意思や友人への進言する意思を訊ねることで、顧客満足度向上が収益向上に結び付いているのかを確認するようにしている。君のホテルの調査票にはそれがない。」

「なるほど。だいたい、この調査票、いつ作られたんでしょうね?委員会では調査票自体を作り直すべきかどうかの議論すらありませんでした。盲点でした。至急、対応します。」

「それと、君のところではどういう集計をしているかわからないが、総合満足度に寄与する項目とそうでない項目も相関係数を見ながら判断できる。それも『どこを重点的に改善すべきか』を探るうえで重要なポイントになる。」

「すみません、おっしゃっている意味がわかりません。」

「花森君さ、ちょっと開き直り過ぎていない?」

「先生、私は先生の顧客です。顧問料は安いけど…。顧客の目線に立ったサービス提供が求められています!顧客満足度重視でお願いします。」

「承知しました、お客様。」
 
辻田は茶化しながらうやうやしくお辞儀をし、説明を始める。
 
「具体例で説明しよう。僕がアメリカに留学していた時に実地研修の一環で実際にニューヨークのホテルの協力を得て行なった顧客満足度調査でわかったことだ。対象物件は何十年も前に開業した歴史ある4スターホテルで、サービスクオリティの高さが売りだった。確かに従業員のフレンドリーさ、作業の正確さといった、『従業員のサービスレベル』への満足度は高かった。一方、施設が古く、特に客室内の家具・設備への不満が高かった。宿泊者の総合満足度は高く、施設老朽化の不満を従業員の高いサービスレベルでカバーしているように見えた。」

「多かれ少なかれ、似たような境遇にあるホテルは日本にも多いと思います。でも、実はそうじゃなかったんですよね。」

「そう。『総合満足度』と『従業員のサービスレベル満足度』の相関係数は低く、『総合満足度』と『客室内家具・設備満足度』の相関係数は高かったんだ。それと、『ロビー・エントランス周りの豪華さ』との相関係数も高かった。このホテルがカネをかけるべきところは、従業員研修ではなく、客室やパブリックスペースの改装・メンテナンス、ということになる。数字はいい加減だけど、こんな感じだ。統計学では相関係数が-0.2から0.2の間の場合、両者には相関関係がないと見做すんだが、従業員のサービスレベルと総合満足度の関係が正にそれだった。」
 
そう言うと辻田は手元にあった紙ナプキンにこんなチャートを書いた。


「もちろん、従業員研修をないがしろにしていい、と言っているのではないし、例え従業員研修費を客室改装費に回したとしても、大した金額にはならない。ただ、そのホテルとしては、客室改装投資⇒顧客の総合満足度向上⇒ホテル収益向上、という正の相関関係が説明できないと、改装投資費用を投資家もしくは銀行から調達することができない。ホテルの収益向上なしに資金提供者に利息や配当を払うことができないからね。ホテル収益改善のために何に投資をすべきか、それをどう資金提供者に納得してもらうか、の検討・説明に、顧客満足度調査が活用できるということだ。」

「そうなんですね。でも、ちょっと腑に落ちません。例えば従業員研修費を削ったホテルのサービスクオリティはいずれ低下するはずです。そしてそれは、やがて総合満足度に負の影響を与えるようになるのではないですか?」

「もちろん。だから、顧客満足度は定期的にモニタリングする必要がある。改装したときだけじゃだめなんだ。ちなみに、ハーバードビジネススクールの先生が熱心に研究しているテーマ、「サービス・プロフィットチェーン Service-Profit Chain」という考え方があるんだが、顧客満足度を上げるには従業員満足度を維持・向上させる必要があるとの研究結果が出ている。従業員満足度(ES; Employee Satisfaction)、顧客満足度(CS; Customer Satisfaction)、そして投資家が配当を得ることで向上するオーナー満足度(OS; Owner Satisfaction)の3つが、近代的なホテル経営においてマネジャーがスコアを維持・向上させるべき指標とされている。すごく大雑把にいうと、ES向上が対外サービスレベルを上げ、それがCSを向上させ、顧客ロイヤリティ向上を経てホテル収益向上、すなわちOS向上につながる、という仮説だ。更に言えば、オーナーが得た収益の一部を昇給・ボーナス・職場環境改善に投資することでES向上につながる。どうだい、この3つは密接に連携していることがわかるだろう?」

「なるほど。CSだけではなくESも大切にしろ、という本は読んだことがありますが、CSとES、それにOSまでが相互に影響しあっているとは思ってもみませんでした。」
 
辻田は腕時計を見て、やおら立ち上がる。午後2時10分。どうやら、今日の花森とのミーティング時間はこれで終わりのようだ。
 
「さて、食事も済んだし、コーヒーも飲んだし。次は2時半に来客があるんだ。研究室に戻ろう。君も傘を取りに行く必要があるね?」

「はい、ご一緒します。先生、研究室に戻りながら、もうひとつだけ質問させてください。さっきの『ディープな池袋満喫ツアー』参加のお客さんの件なんですが、そのツアー自体はリピートしないとしても、せっかくうちのホテルに泊まっていただいたのですから、これをきっかけにうちのファンになってもらい、別の理由で再訪しご宿泊いただく可能性を探るのはどうでしょう。そのためにeDM(e-mailによるダイレクトメール広告)を打つ努力はしても良いように思うのですが。」

「eDMのコストはゼロに近いから、eDMリストにその客を載せるのはもちろん構わない。でも、その客がリピート客になる可能性は低い。だから、コストをかけてマーケティングをするのはどうかと思う。」
 
二人は研究室棟のエレベーターホールまで来て、エレベーターが来るのを待つ。ここには高層階まで到達する各階止まりのエレベーターが2基あるが、たまたま2基とも高層階に行ってしまっており、少々待たないといけないようだ。
 
「その客は何故リピーターにならないとお考えですか?」

「その満喫ツアーは恐らく、ホテルが稼働率低下に苦しみ、企画団体商品として特別に安い料金を提供することで成り立っている。例えば、ADR(平均客室単価)が13,000円の君のホテルが、8,000円といった価格で提供していることになる。次回泊まってもらうときにまた8,000円で泊まってほしいかというと、Noだ。FIT(Free Independent Travelers 個人旅行客)で再訪するならせめてADRくらいの価格で宿泊してほしい。その客が今回得られた満足感は、あくまでも8,000円で宿泊したホテルでのものだ。それより50%以上高いカネを払って宿泊したいか、その価値があると思うか、そもそも池袋に宿泊する用事があるのか、可能性はゼロではないだろうが、かなり低いと考えるのが自然だ。」
 
ようやく1基が1階に到着した。誰も乗っていない。二人はエレベーターに乗り込み、辻田は9階のボタンを押した。
 
「花森君、すべての客を取り込もうとするな。セグメンテーションという言葉を聞いたことがあると思うが、自分のホテルの強みが生かせる顧客セグメントは何かを一生懸命考え、その客を取り込む努力を集中的に行なうべきだ。例えば、ここのエレベーターは2基とも全ての顧客を運ぼうとして非効率になっている。高層階用と低層階用に分けて違う顧客を運ぶようにすることで、より効率的に客が運べるようになるかもしれない。いまや、『お客様は皆、神様です』の時代じゃない。」
 
エレベーターは9階につき、二人はそこから長い廊下を歩く。辻田は続ける。
 
「顧客満足度調査の結果もそうだ。顧客の不満はいろいろなところにある。例えば多くの客が『エレベーターの到着が遅く、待たされることが不満だ』と回答していたとしても、総合満足度への相関係数が低ければ、その不満は一旦放置し、別の相関係数が高いところの不満解消に努めるべきなんだ。」
 
辻田の研究室前で花森の傘を渡しながら、辻田は自嘲気味にこう言って、本日のレクチャーを終えた。
 
「実際、ここにはエレベーターの運行体制に関する不満を持つ先生が多い。だけど、だからといって『ここの教授を辞めてやる!』という声はないし、それより少しでも研究費を上げてほしいと思っている。だから、いつまでたってもここのエレベーター問題は解決しない。大学には顧客満足度分析のプロなんてきっと掃いて捨てるほどいるからね。放置できる不満は放置されるんだよ。それは残念ながら、経営学的にみて正しい行ないだ。」
 

(次号へつづく)

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